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高松高等裁判所 平成9年(ネ)259号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 十和村

右代表者村長 酒井節夫

右訴訟代理人弁護士 下元敏晴

和田高明

被控訴人(附帯控訴人) 有限会社 国沢組

右代表者代表取締役 國澤末春

右訴訟代理人弁護士 田村裕

主文

一  本件控訴及び附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金四一〇五万九八四八円及びこれに対する平成五年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

三  この判決の第一項1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

二  附帯控訴の趣旨

1  原判決中、被控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  控訴人は、被控訴人に対し、金一四五万九八四八円及びこれに対する平成五年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、総合建設業を営み、十和村入札指名人名簿に登載されて、控訴人の行う公共工事の指名競争入札に参加していた被控訴人が、控訴人から違法に三年間にわたって継続的に入札指名から排除され、これによって、本来であれば入札に参加して受注できたであろう工事を受注できずに損害を被ったと主張して、国家賠償法一条又は民法七一五条、七〇九条に基づく損害賠償として、右工事を受注していたとすれば得られたであろう利益に相当する損害などの賠償を求めた事案である。

原審は、五〇九五万一六〇〇円の損害及びこれに対する遅延損害金の限度で被控訴人の請求を認容したため、控訴人が控訴し、被控訴人が附帯控訴した。

第三争いのない前提事実等

一  当事者

被控訴人は、建設業法三条により高知県知事の許可(〔特―六二〕第五四四〇号)を受けて総合建設業を営み、十和村契約規則(昭和四六年一二月二八日規則第一〇号)一八条に基づき入札指名願書を提出し、十和村入札指名人名簿に登載され、A級(土木工事についての請負価格の最高限度額に制限がないものとされる請負業者の等級)にランク付けされている控訴人の指名業者である。十和村の地元七業者のうちA級にランクされている業者は、当時、被控訴人を含む二業者だけであった。ちなみに、B級は最高限度額が二億円、C級は一億円まで、D級は五〇〇〇万円まで、E級は一五〇〇万円までである。

控訴人の執行機関の長である安岡宏高村長(当時。以下「安岡村長」という。)は、法令、条例又はその他の規則に定められているものを除くほか、控訴人の契約に関する契約担当者である。

二  被控訴人の受注実績

被控訴人は、昭和三五年以降三〇年以上にわたり継続して、高知県や控訴人の発注する公共土木工事等の入札に指名を受け、指名競争入札に参加し、これによって受注する公共工事を経営基盤としてきた。

控訴人による本件の指名排除がなされる直前の三年間(昭和六二年から平成元年)の被控訴人の公共土木、建築工事の受注完成高は総額一三億九六四五万余円である。このうち控訴人からの受注高は八億八九二九万余円であり、控訴人の発注する工事に対する依存度は六割を超えていた。また、控訴人から受注した右土木工事から生じた売上総利益は、三年度分の実績で合計一億一一二〇万円に上っていた(《証拠省略》)。

三  被控訴人の訴え提起

被控訴人は、昭和六三年八月三〇日、控訴人から十和村大道小学校屋内運動場新築工事を請け負い(右工事を以下「本件工事」といい、その請負契約を「本件請負契約」という。)、これを平成元年三月に完成させた。しかし、追加変更工事代金の支払について紛争が生じ、被控訴人は、本件工事に係る追加変更工事代金等の支払を求め、平成二年四月四日、控訴人を被告として請負代金請求の訴え(高知地方裁判所平成二年(ワ)第一〇四号請負代金請求事件、以下「別件訴訟」という。)を提起した。

四  指名競争入札の実施及び被控訴人に対する指名排除

控訴人は、平成二年七月七日から平成五年六月二二日までの間に、合計四〇八件の公共工事(以下これを一括して「本件公共工事」という。)について、指名競争入札を実施した(以下合わせて「本件指名競争入札」という。)。しかし、控訴人は、これらの指名競争入札に際して、被控訴人を入札参加者に指名せず、入札から排除した(以下これを一括して「本件指名排除」という。)。右四〇八件の本件公共工事の工事代金総額は、二五億四七六〇万四七三〇円である(なお、右三年間のうち平成三年四月一九日に行われた一五件の公共工事の指名競争入札については、例外的に被控訴人に対する指名がなされている。右四〇八件の本件公共工事数及び工事代金額はこの一五件以外の分である。)。

第四争点及びこれについての当事者の主張

一  控訴人が本件指名競争入札に際し、被控訴人を指名しなかったこと(本件指名排除)の違法性の有無。

【被控訴人の主張】

控訴人は、控訴人が発注する公共工事の発注に当たり、従前は十和村入札指名人名簿に登載された被控訴人を含む村内七業者全員を入札に参加させて指名競争入札を実施していた。ところが、控訴人は、本件指名競争入札を施行するに当たり、いずれも被控訴人のみをことさら指名せず、排除した。本件指名排除は、以下に述べるとおり、被控訴人の権利を違法に侵害する公権力の行使ないし不法行為に当たる。また、本件指名排除は、控訴人の被控訴人に対する不利益な行政処分であるから、これを行うには被控訴人に対し告知聴聞の機会を付与すべきところ(憲法三一条)、本件指名排除に当たってはかかる手続は全く執られていないので、この点でも違法な行政処分である。

1(一) 公共工事契約においては、入札に参加することを希望する全ての建設業者を対象として、参加の機会を均等に付与することが要求される。また、国又は地方公共団体のする公共工事の請負契約は、公益の実現を目的としており、その入札、契約手続及び内容において、国又は地方公共団体の契約担当者が個々人の主観により運用すべきでなく、公正かつ競争性を確保するための一定のルールを定めておく必要がある(十和村におけるこの一定のルールが前示の十和村契約規則である。)。

(二) 十和村においては、村内業者の保護・育成の立場から、昭和三五年に被控訴人が指名業者になって以来、例外なく村内七業者を指名しての指名競争入札が運用されてきた。すなわち、村内業者が工事を落札受注することによる雇用を始めとする地元に対する経済効果、これに伴う十和村自体の税収の確保等の目的のために地方自治法施行令一六七条に定める要件を緩やかに解釈し、同村発注の公共工事について十和村契約規則一八条ないし二〇条所定の指名競争入札の下に被控訴人を含む村内七業者を優先的に入札参加者に指名してきている。このことは、十和村における慣行になっており、十和村における「一定のルール」の一部をなしている。現に、被控訴人は、昭和三五年以降控訴人発注の公共土木工事を一度も中断することなく継続して請け負い、これを完工していたものであって、その実績からA級にランクされた高知県下における優良土木建設業者である。なお、被控訴人は、前示のようにその受注の六割以上を控訴人に依存し、被控訴人の村内及び近隣に居住する従業員及びその家族は約一〇〇名に上る。

以上の点にかんがみれば、被控訴人は、控訴人発注の公共工事について指名競争入札の入札参加者に指名選定せらるべき権利ないし法律上保護された利益を有しているものというべきである。

2 控訴人は、公共工事契約の私法上の債権契約性を強調するが、だからといって地方公共団体である控訴人の契約担当者(安岡村長)による業者選定の恣意的な運用が認められてよいことにはならない。公共工事の請負契約は、公益の実現を目的としているのであるから、あらかじめ定められた「一定のルール」の下に公正及び競争性を確保する必要があるのであって、私人間の請負契約などと全く同様に契約担当者が契約自由の原則の下に指名すべき業者を恣意的に選択できるものではない。

3 しかるに、控訴人は、本件指名競争入札に当たりことさら被控訴人を指名せず、入札から排除した(本件指名排除)。その理由は、請負業者としての技量・識見等に問題があってのことではなく、被控訴人が控訴人に対する民事上の権利を実現するために民事訴訟を提起したことに対する報復若しくは右訴訟を取り下げさせる目的でした被控訴人に対する圧力の一方法にほかならず、被控訴人の裁判を受ける権利(憲法三二条)を違法に侵害するものである。

控訴人は、本件指名排除の理由として、①本件工事の代金についての不満から、本件工事の目的である大道小学校室内運動場(以下「本件体育館」という。)の引渡しを拒否し国からの補助金の受給が困難となる事態を生ぜしめたこと、②本件工事について被控訴人が控訴人に対し不当な追加工事代金の支払を求めていること、③高知県建設工事紛争審査会(以下「審査会」という。)における紛争解決手続をことさらに回避し、請負代金の支払を求める別件訴訟を提起したことを挙げている。しかし、控訴人の挙げる右各理由は、いずれも口実であって理由がない。

(一) 被控訴人が本件体育館の引渡しを不当に拒否したなどの主張(①)について

(1) 被控訴人は、平成元年三月二五日に本件工事を完成し、同日工事完成通知書によりその旨を控訴人(安岡村長)宛通知した上、同年三月二七日完成検査を受け、即日控訴人に対しこれを引き渡した。この事実は、別件訴訟において争いのない事実になっている。また、本件工事の設計監理を担当していた有限会社ハウジング総合コンサルタント(以下「訴外設計会社」という。)も平成元年三月二八日付け請負工事引渡書に記名押印している。したがって、被控訴人が本件工事の引渡しを拒否したとの控訴人の主張は事実無根である。そもそも、控訴人は、このことを原審では主張せず、当審になって初めて主張した。

被控訴人は、平成元年七月一一日本件工事につき控訴人から表彰を受けている。被控訴人が本件工事の引渡しを拒否した不適格業者であれば、控訴人が被控訴人に対しかかる表彰をする筈はない。

(2) 被控訴人は、平成元年四月一六日、控訴人の助役から同月二一日までに被控訴人が本件工事代金の残額を支払っていないと国から補助金の交付が受けられなくなるので工事代金を受領されたいとの申入れを受けた。被控訴人は、本件工事の残代金と追加工事代金の支払を受けるつもりでいたところ、高知県土木部監理課の係員から、被控訴人が異議なく精算払を受けたら追加工事等について全てを承諾したことになるから、念書をもらっておけとのアドバイスを受けた。そこで、被控訴人は、控訴人との間で、工事残代金及び追加工事代金等は、出納閉鎖になる五月末日までに支払う旨の合意をし、平成元年四月二一日にその旨の念書を作成した上で残代金六六〇一万円を受領したものである。

(二) 被控訴人が不当な追加工事代金等の請求をしたとの主張(②)について

(1) 被控訴人の追加工事代金請求は、十分に理由がある。別件訴訟の第一審判決は、右追加工事代金請求を一部とはいえ認容しているのであり、被控訴人の請求の正当性を裏付けている。

本件工事で実施された指名競争入札は、三回とも落札する者が現れなかった。このことは、控訴人の設定した予定価格九四三〇万円が余りにも低廉であり、結果として不合理な積算を積み重ねた結果の数額であることを示している。三回の不落の結果、既に予算に組み込んでいる補助金が国から支給されないことを恐れた控訴人が、被控訴人に対し随意契約の締結を懇請して、ようやく本件請負契約が成立したのである。しかし、控訴人が設定した予定価格は、もともと合理性を有しなかったため、被控訴人は請負業者としてなすべき工事は施工せざるを得ず、その結果生じた追加工事代金を請求するという形でその不当性を控訴人に対し訴えたのである。

(2) 控訴人は、被控訴人と公共工事契約を締結するときは、被控訴人から同様の不当な追加工事代金の請求がなされることが常に危惧されることになるなどと主張する。しかし、被控訴人は、昭和三五年以来約三〇年間にわたり控訴人の指名業者として控訴人の発注する公共工事に依存し、A級にランクされた業者として信用を築いてきた実績を有し、高知県下の優良業者として数々の表彰を得ている。そして、被控訴人は、本件紛争以外は、控訴人との間で紛争を発生させたことはない。

(三) 被控訴人が審査会における紛争解決手続を不当に回避し、別件訴訟を提起したとの主張(③)について

被控訴人は、本件紛争の解決について、平成元年八月一〇日審査会に調停申立てをしたが、同年一一月二一日これを取り下げ、平成二年四月四日別件訴訟を提起した。被控訴人による右一連の手続の選択は、それなりに正当で合理的な理由があり、被控訴人が紛争解決手続を不当に回避したことを理由に控訴人が長期にわたって本件指名排除を続けたことに正当性はない。

(1) 控訴人は、本件請負契約の契約書(以下「本件請負契約書」という。)四九条二項に「この契約において、甲乙協議を要するものについて協議がととのわない場合には、甲及び乙は、高知県建設工事紛争審査会のあっせん、調停または仲裁により解決を図るものとする」との条項(以下「本件条項」という。)が存在していることをもって、被控訴人との間に仲裁契約が成立していると主張するが、本件条項は仲裁契約ではない。このことは、本件請負契約書五〇条には「この契約に関する訴訟は高知地方裁判所に提訴するものとする」と定められ、民事訴訟を予定していることからも明らかである。

(2) さらに、被控訴人は、本件条項に従い、いったんは審査会に調停申立てをして本件紛争の解決を図ろうとしたのであって、いきなり民事訴訟を提起したものではない。そして、被控訴人が右調停申立てを取り下げたのは、控訴人が調停期日において、審査会でのあっせん、調停では金銭の支出につき村議会を拘束できないと主張したため、被控訴人代理人田村裕弁護士(以下「田村弁護士」という。)及び控訴人代理人田本捷太郎弁護士(以下「田本弁護士」という。)が右調停申立てを取り下げた上、強制力のある裁判所での解決を図ることを合意したのである。そして、同調停期日は次回期日も決められないまま終わり、被控訴人は、右合意に基づき別件訴訟を提起した。現に、控訴人は、右合意に従い、別件訴訟の口頭弁論期日において、仲裁契約の抗弁を提出して訴え却下を求めることをせずに本案について答弁をし、別件訴訟に異議なく応訴している。

被控訴人(田村弁護士の法律事務所事務員)は、平成二年一二月一一日、審査会事務局の津野晴利班長に架電し、審査会への再申請が可能かどうか等について尋ねた。審査会からは、被控訴人が申請を取り下げた経緯があるので、申請をするとすれば控訴人の方からしてもらいたいとの意向が示された(そこで、被控訴人は、この聴取結果を上申書にして提出した。)。しかるに、控訴人は、その後も自ら審査会へのあっせん、調停、仲裁の申立てをすることなく、被控訴人の提起した別件訴訟への応訴を続けたのである。控訴人が真剣に審査会における紛争解決を望んでいたとすれば、自ら審査会に再申請をし、審査会における解決を積極的に目指すはずである。

また、控訴人は、被控訴人が右調停申請を取り下げ、別件訴訟を遂行しているにもかかわらず、前示のとおり平成三年四月一九日に行われた競争入札に際してだけは、被控訴人を入札参加者に指名した。その後は再び指名から排除したが、さらに、平成五年七月二一日施行の入札からは再度指名をし始め、以後今日まで指名を継続している。しかし、被控訴人は、右のいずれの時期においても、審査会への再申請手続をしておらず、現在でも別件訴訟を維持しているのであるから、控訴人がした本件指名排除及びその撤回は、全く恣意的であって一貫性がない。このことからしても、審査会における紛争解決手続を回避したというのは、本件指名排除の真の理由でないことが明らかである。

【控訴人の主張】

1 被控訴人は、指名競争入札において、控訴人から入札参加者に指名選定を受ける権利を有するものではなく、また、このような指名選定を受けるべき法的な保護を受けるべき利益を有するものでもない。したがって、本件指名排除は、被控訴人の法律上保護された権利又は利益を侵害する違法な公権力の行使ないし不法行為を構成するものではない。

(一) 公共工事契約は、国又は地方公共団体が、契約の相手方である建設業者と対等の立場で締結する私法上の債権契約であり、指名競争入札における入札参加者の指名も、このような私法上の債権契約についての契約の申込みの誘引にすぎず、公権力の行使として「平等原則」や「告知・聴聞の機会」が問題となるような行政処分としての性質を何ら有しない。そして、公共工事契約には「参加機会の均等」が要請されるとしても、その場合に問題となるのは、入札に参加を希望する全ての建設業者を対象としての「参加機会の均等」であって、村内業者のみを対象としての偏頗な「参加機会の均等」の立論は正当性を持ち得ない。

(二) 被控訴人は、控訴人が過去に村内業者を優先的に指名してきたことを強調する。確かに、控訴人は、従来、地方自治法施行令一六七条に定める要件を緩やかに解釈し、控訴人発注の公共工事について指名競争入札の下に村内業者を優先的に入札参加者に指名してきた。しかし、このことは村内業者の保護それ自体を目的としていたものではなく、村内業者が工事を落札受注することによる雇用を始めとする地元に対する経済的効果、これに伴う控訴人の税収の確保を目的とする入札制度の政策的な運用の結果にすぎない。もとより、村内業者を優先的に指名選定すべき旨を定めた条例や規則は存在しない。したがって、村内業者である被控訴人が控訴人に対し優先的に指名を受ける権利を有するとはいえない。

(三) なお、他の村内六業者との関係で参加機会の均等を問題とする余地があるとしても、それは、控訴人発注の公共工事の指名競争入札において被控訴人ら村内業者が控訴人から優先的に指名を受ける権利を有することが前提である。村内業者が優先的に指名を受けるべき法的権利が根拠づけられない以上、他の村内業者との均衡は法的な問題とはなり得ず、せいぜい控訴人の政策の次元における当否の問題を生じるにすぎない。

(四) 以上からすれば、指名競争入札における指名を受けることについての村内業者の個別的利益は、入札制度の政策的な運用によって生じた事実上の利益にとどまり、法的な保護を受けるべき権利ないし利益には該当しない。同時に、控訴人も、その発注する公共工事について村内業者を優先的に入札参加者に指名すべき義務はないことが明らかであって、被控訴人を指名競争入札の入札参加者に指名しなかったことが被控訴人との関係で違法となるものではない。

2 控訴人が本件指名競争入札において被控訴人を指名しなかったこと(本件指名排除)については、次の(一)ないし(三)のとおり正当な理由がある。

(一) 被控訴人が本件体育館の引渡しを不当に拒否したこと等

本件工事は、被控訴人からの工期延長願いを受け、工期を平成元年三月一〇日まで延長し、引渡期日を同月二〇日とすることが決定したものの、延長された工期内に工事が完成せず、やむなく更に一五日間工期を延長して平成元年三月二五日までとする措置をとった。しかし、なおも工事が遅延し、平成元年四月五日に至って被控訴人からようやく工事完成通知を受けた。しかしながら、完成検査の結果、手直し工事等を必要とし、実質的に工事が完成したのは、予定より大幅に遅れた平成元年四月一五日になったものである。

また、被控訴人は、工事代金についての不満を理由として本件体育館の引渡しを拒む姿勢をとった。そのため、本件工事に関する国からの補助金の支給を受けることが困難な事態になり、控訴人の当時の助役らが高知県教育委員会等の関係機関との協議のために奔走することを余儀なくされた。そこで、控訴人と被控訴人は、平成元年四月二一日、本件工事について現在協議中の事項については双方が速やかに協議し、五月末日を目処に解決をはかり、その結果、控訴人において支払の責に任ずべき事由が明らかになった場合は、これを別途に支払う旨の内容の念書を作成し、これと引換えにようやく本件体育館の引渡しを受け、事無きを得たものである。

右の経過から明らかなとおり、被控訴人は工期内に本件工事を完成させなかったばかりか、工事代金に対する不満に囚われ、自らの行為が控訴人に与える財政的損失を一顧だにしない行動に終始した。そこで、円滑な行政を執行すべき控訴人としては、被控訴人の指名競争入札の入札参加者としての適格性に疑義を持つに至ったことも当然である。

(二) 被控訴人が不当な追加工事代金等の請求をしたこと

(1) 被控訴人は、本件工事の入札前に控訴人が入札参加者に図面、仕様書とともに交付したいわゆる金抜き工事明細書(訴外設計会社が予定価格を算定する際の積算根拠となった工事明細書の金額欄が空白のもの)に不備があるとして、これを理由に追加工事代金を請求しているものであるが、これは、金抜き工事明細書に対する被控訴人の理解の欠如に起因する不当な請求である。すなわち、建築工事契約のように契約の内容に不確定な要素がない工事について発注者が参考資料として金抜き工事明細書を交付した場合において、そこに記載された工事の項目や数量が契約当事者を拘束するものでないこと(すなわち、契約内容となるものでないこと)は、建築業界の常識に属する。しかるに、被控訴人は、金抜き工事明細書を設計図書に該当するものである旨強弁し、金抜き工事明細書記載の項目、数量に不備があったことを理由として、①杭キャップ代金二万五〇〇〇円、②コンクリート打設手間賃金一四二万九三五〇円、③内外装工事の工賃金六五万七一二〇円、④内外装工事の不足材料費金二七万三八三七円についての追加工事代金を不当に請求した。

(2) また、被控訴人は、建築現場に重機を搬入するための橋梁拡幅補強工事の図面が存在しないことをもって「設計図面の脱漏」に該当するかのように主張する一方、三回の不落の後の随意契約の際、当時の津野直明村長との間で橋梁拡幅補強工事を別途工事として工事代金を支払う旨の約定が成立したかのように主張し、控訴人に対して同工事費用として一〇一万五三〇四円を請求した。しかし、これも被控訴人の公共工事契約に対する理解の欠如に起因する不当な請求である。

さらに、被控訴人は、控訴人の指定した監督技師である宮田勲(訴外設計会社従業員。以下「宮田技師」という。)が共通仕様書に基づいてコンクリートの材質アップを指示したのに対し、その費用増額分として一一五万六七六〇円を請求しているが、これもまた公共工事契約に対する被控訴人の理解の欠如に起因する不当な請求である。

(3) そのほか、被控訴人は、控訴人に対し、断熱材のグレードアップ、スロープ設置工事等の変更工事に関する追加代金請求をしているが、断熱材のグレードアップによって被控訴人の費用負担は増加しておらず(被控訴人の下請業者が差額を負担した。)、また、スロープ設置工事等の変更によって被控訴人の費用負担は減少しているのである。にもかかわらず、被控訴人は、極めて杜撰な計算に基づいて控訴人に対し一方的な請求をしている。

(4) 被控訴人は、控訴人の定めた予定価格が余りにも低廉であり、結果として不合理な積算を積み重ねた結果の数額であると主張する。しかし、本件工事は、入札参加者の中で最も入札価格が低額であった被控訴人との間で、随意契約により予定価格と同額の九四三〇万円をもって請負代金とする工事請負契約が締結されたものであるところ、右請負代金額九四三〇万円と被控訴人の三回目の入札価格である金九四八〇万円との間には僅か五〇万円の相違しかないのである。

そして、本件工事は、断熱材のグレードアップ、スロープ設置工事等の変更工事以外は全て設計図書に基づいて施工がなされているのであり、このような状況にありながら合計六四五万五五九八円もの追加工事代金の支払を求める被控訴人の請求は、常識から逸脱している。

(5) このように、被控訴人は公共工事契約の根幹部分についての理解や知識を欠落させたまま、自らの請求の正当性について何ら吟味をすることなく、一方的な主張を繰り返していることが明らかである。このような被控訴人と公共工事契約を締結するときは、被控訴人から同様の不当な追加工事代金の請求がなされることが常に危惧されることになる。したがって、公共工事の発注者としての控訴人の立場からすれば、被控訴人の追加工事代金の請求の内容それ自体が、被控訴人の契約相手方としての不適格性を示すものに外ならない。

(三) 被控訴人が審査会における紛争解決手続を不当に回避し、別件訴訟を提起したこと

(1) 本件請負契約書四九条二項(本件条項)により、控訴人と被控訴人との間には、本件請負契約について仲裁契約が成立しているものと解される。仮にそうでないとしても、本件条項において審査会のあっせん、調停、仲裁の手続による解決を特に約定していること自体が、審査会の紛争処理手続による解決を重視する趣旨である。そして、審査会は建設工事の請負契約をめぐる紛争に関して専門技術的かつ迅速な解決を期待しうる準司法機関であり、その審理も公開の場で当事者双方が相対峙するようなものでないため、発注者側・受注者側のいずれからみても合理的な紛争解決方法と考えられている。したがって、控訴人が被控訴人に対して審査会の紛争処理手続による解決を提案することには合理的な理由がある。右提案にもかかわらず、被控訴人がことさらに審査会の紛争処理手続による解決を拒否する場合には、本件条項のみならず本件請負契約書一条「甲、乙両者は、信義を重んじ、誠実にこの契約を履行しなければならない」との約定との関係においても契約違反の問題を生じるというべきである。その場合、少なくとも、以後の控訴人発注の公共工事の指名競争入札における入札参加者の指名に際して、かかる相手方の姿勢を参酌しうることは当然であって、これを参酌して右相手方を指名しないことが、指名に際しての判断の逸脱、濫用に該当しないことは明白である。

そして、現に、控訴人は、被控訴人の追加工事代金の請求に関する紛争は本件条項に基づいて審査会の紛争処理手続で解決を図るべきものとの判断に立ち、公式・非公式に被控訴人に対して再三にわたりその意思を伝えてきたが、被控訴人はこれに応じなかった。したがって、本件指名排除には正当な理由がある。

(2) 被控訴人は、審査会の調停手続において、控訴人代理人の田本弁護士から、審査会のあっせん、調停では議会を拘束できないと主張されたため、双方代理人間で紛争解決について強制力のある裁判所の手続で解決を図ることを合意し、調停申請を取り下げたものである旨主張する。

しかし、控訴人は、被控訴人の追加工事代金の請求の問題を解決するため、審査会から調停案が提示されたときは議会の議決を経ることを当然の前提として被控訴人に対して審査会の紛争処理手続による解決を提案したものである。したがって、田本弁護士を含めて控訴人側が調停に拘束力がないことを理由として、調停申請を取り下げ、訴訟による解決を図ることに方針を変更する理由はなく、また、そもそも地方自治体にあって、そのような議会を軽視した行政運営が許容されるはずもない。むしろ、審査会の第一回調停期日における審理の状況(被控訴人は審査会の委員から追加工事代金の請求の不当性、非常識性について厳しい指摘を受けた。)からすれば、審査会が被控訴人側の希望に沿う形で控訴人を説得する可能性及び被控訴人側が満足するような調停案を示す可能性は皆無であった。したがって、およそ被控訴人として議会に対する拘束力を懸念しなければならない状況にはなかった。

なお、審査会の第一回調停期日の当日に田村弁護士と田本弁護士との間において調停申請の取下げ、訴訟提起の可能性が示唆され、これをめぐって両代理人間で若干の会話がなされた事実があるとしても、その内容は、田村弁護士が田本弁護士に被控訴人の提訴の可能性を事前に知らせたという程度のものにすぎないのであって、田本弁護士が訴訟による解決に同意したということはない。

(3) また、控訴人は、別件訴訟において仲裁契約の抗弁を提出して訴え却下を求めることをせずに異議なく応訴したが、これは、仲裁契約の抗弁を主張しても直ちに審査会での審理が開始されることにはつながらないという実際的な理由によるものである。控訴人が別件訴訟に応訴したというような状況であっても、被控訴人から仲裁の申請があった場合には、審査会としては、双方の仲裁による解決の意思を確認し、これが確認できたときは仲裁手続を開始するのである。しかし、被控訴人が応訴によって仲裁の合意が効力を失ったなどとの主張に固執して仲裁手続による解決を拒否するときは、仲裁手続を開始することができない。

(4) 被控訴人の主張する上申書は、被控訴人が審査会の紛争処理手続による解決の可能性を探った結果を文書にまとめて提出したというものではなく、追加工事代金に関する紛争は、本件条項に基づいて審査会の紛争処理手続で解決を図るべきである旨の控訴人の主張を封じる目的で作成提出されたものである。上申書に記載された内容も、審査会における実際の取扱いと全く異なり、あたかも被控訴人から審査会に対していかなる紛争処理申請もなし得る余地がなく、控訴人からも仲裁申請をなしうる余地はないかのような印象を与える内容となっており、上申書の内容自体、被控訴人の審査会の紛争処理手続による解決に対する全面拒否の姿勢を示すものにほかならない。

3 まとめ

以上のとおり、被控訴人は、本件体育館の引渡しを不当に拒否し、かつ、不当な追加工事代金の支払を要求した。しかし、控訴人は、被控訴人から追加工事代金の請求がなされた当初の段階から、審査会の紛争処理手続による解決の意向を示し、被控訴人もいったんは審査会に対する調停申請をしたにもかかわらず、審査会の委員に対する不満から調停申請を取り下げて訴訟を提起し、以後も控訴人側からの再三にわたる要請にもかかわらず、別件訴訟の維持に固執して審査会の紛争処理手続による解決を頑なに拒否し続けたのである。そこで、控訴人は、以後の指名競争入札の入札参加者の指名選定に際してこのような被控訴人の姿勢を参酌した上で、被控訴人を入札参加者に指名しなかったものであり、これは当然の措置であって、違法性はない。

二  損害の有無及び額

【被控訴人の主張】

1 前記第三(争いのない前提事実等)の四記載のとおり、被控訴人が本件指名排除を受けた三年間において、控訴人が被控訴人を排除して指名競争入札によって発注した本件公共工事は、件数にして四〇八件、その発注額の合計は、二五億四七六〇万余円である。被控訴人は、本件指名排除のあった当時、村内七業者のうちA級にランク付けされていた二業者のうちの一業者である。したがって、被控訴人は、右発注額のうち少なくとも七分の一を受注することができた。

2(一) 被控訴人が控訴人から本件指名排除を受ける直前の昭和六二年、同六三年、平成元年において、控訴人から受注し完成した土木工事のみを対象とした各期の利益率(売上総利益の売上高に対する割合)は、それぞれ一〇・八八パーセント、一五・九四パーセント、一四・六八パーセントであり、平均利益率は約一四パーセントである。

(二) 被控訴人が同様に昭和六二年、同六三年、平成元年において、控訴人から受注し完成した公共工事及び高知県から受注し完成した公共工事を含めた工事全体を対象とした各期の利益率(売上総利益の売上高に対する割合)は、それぞれ一一・九五パーセント、一五・六二パーセント、一二・〇五パーセントであり、平均利益率は約一三パーセントである。

3 本件指名排除に係る本件公共工事はそのほとんどが土木工事である。したがって、被控訴人が控訴人から受注し完成した土木工事の数額を基に算出した平均利益率約一四パーセントをもって、被控訴人の得べかりし利益を算定すべきである。したがって、本件公共工事総額二五億四七六〇万円の七分の一である三億六三九四万円に右平均利益率一四パーセントを乗じた五〇九五万一六〇〇円が、被控訴人の得べかりし利益の額になる。

4 また、被控訴人は、本件指名排除により、施工する工事がなくなり、そのためやむを得ず一部の従業員を自宅に待機させ、平成二年八月から同年一一月までの間、これらの従業員に対し休業手当として合計一四五万九八四八円を支出し、同額の損害を被った。

【控訴人の主張】

1 被控訴人が本件指名排除を受けた三年間において、控訴人が被控訴人を排除して指名競争入札によって発注した公共工事の発注額の合計が二五億四七六〇万余円であることは認める。しかし、被控訴人が本件公共工事の発注合計額の七分の一に相当する工事を落札受注し得たとする合理的根拠はない。被控訴人は、被控訴人の過去の実績、施工能力、地域性等を強調するが、これらの事情は指名競争入札の入札参加者の指名において参酌されてきた事項にすぎず、最も低価格による入札者を落札者とする入札制度の下では、落札受注の可能性とは無関係な事柄である。

2 また、被控訴人は、控訴人のみならず他の発注主体から自由に工事を受注し得る立場にあって、控訴人発注の公共工事について指名を受けられないときは、国、高知県、民間企業等他の工事発注主体からの受注額を増加させることが可能であった。したがって、控訴人から指名競争入札の入札参加者に指名されなかったからといって、被控訴人主張の損害が生じたとはいえない。すなわち、本件指名排除と被控訴人主張の損害の発生との間に因果関係はない。

第五当裁判所の判断

一  判断の大要

当裁判所の判断の大要は、以下のとおりであり、その理由の詳細は二以下で検討し説示するとおりである。

1  指名競争入札における入札参加者の指名は、契約担当者の広範な裁量に委ねられている。しかし、それは契約担当者の恣意を許すものではない。特に、指名停止措置について要領等の定めがある場合に、その事由に該当しないのに、契約担当者が特定の業者をことさら入札参加者に指名せずに競争入札から排除することは、特段の事情がない限り、裁量権を逸脱又は濫用するものである。そして、それにより損害を与えた場合には、国家賠償法一条にいう違法が認められる場合があると解すべきである。

2  被控訴人に対してなされた約三年にも及ぶ本件指名排除は、実質的に指名停止措置に該当する。これについて、控訴人は指名排除の理由として三点をあげるが、いずれも採用できず、被控訴人について指名停止措置を相当とするような事情があったとはいえない。

3  かえって、本件指名排除の理由は、端的に、被控訴人が別件訴訟を提起したことそれ自体にあったことが明らかである。控訴人は、これによって、被控訴人に対し別件訴訟を断念させ、又は取り下げさせようとしたものであり、そのような目的で参加者指名の権限を行使することは、裁量権の逸脱ないし濫用に当たり違法な公権力の行使に当たる。

4  本件指名排除により、被控訴人は約三年間で少なくともこの間の控訴人の発注額の七分の一に当たる三億六三九四万余円相当の工事の受注ができなかった。これに、控えめにみた利益率を乗じた三九六〇万円が被控訴人の失った得べかりし利益に当たる。

他に、被控訴人は、自宅待機させた従業員に休業補償として一四五万余円を支払うことを余儀なくされ、同額の損害を被った。

5  よって、被控訴人の本訴請求は、右損害の合計額の限度で理由がある。

二  指名競争入札における入札参加者の指名と裁量権の濫用等

1  地方公共団体が公共工事を施行するに際し、その発注者として民間の建設業者との間で工事請負契約を締結する行為は、地方公共団体と当該建設業者とが対等な立場で行う私法上の法律行為である。したがって、地方公共団体を発注者とする公共工事の請負契約も、基本的には、契約相手方の選択をも含めて、契約自由の原則が妥当する領域である。

2  ところで、地方自治法(以下「法」という。)二三四条一項は、地方公共団体が売買、貸借、請負その他の私法上の契約を締結する場合には、一般競争入札、指名競争入札、随意契約又はせり売りの方法によるべきことを定めるとともに、政令に定める場合に限り指名競争入札以外の方法によることができるものとして、一般競争入札を原則的な契約締結の方式と定めている(同条二項)。そして、法は、競争入札に加わろうとする者に必要な資格、競争入札における公告又は指名の方法、随意契約及びせり売りの手続その他契約の締結の方法に関し必要な事項を政令の定めに委ね(同条六項)、これを受けた地方自治法施行令(以下「施行令」という。)一六七条ないし一六七条の一四がこれに関する詳細な規定を置いている。地方公共団体のする契約締結の方式に右のような法令上の制限が付されている趣旨は、地方公共団体の施行する公共工事の経費が基本的には国民又は地域住民等から徴収した税金で賄われるものであることから、契約締結に当たっての公正性、透明性及び適正な競争を通じた経済性を確保することが必要であり、契約締結の相手方の選択、契約条件の決定等を地方公共団体の契約担当者の全面的な自由裁量に委ねるのは相当でないからである。そして、一般競争入札が原則的な契約締結の形式とされるのは、これらの点において契約担当者の恣意が介入する余地が少ないからにほかならない。

したがって、指名競争入札が許される場合(施行令一六七条)であっても、契約締結の相手方の選択などは、当該指名競争入札を相当とした目的に従って、合理的になされなければならない。もっとも、施行令一六七条の一二は、指名競争入札の参加者の指名について「普通地方公共団体の長は、指名競争入札により契約を締結しようとするときは、当該入札に参加することができる資格を有する者のうちから、当該入札に参加させようとする者を指名しなければならない。」と定めるだけであり、具体的な指名基準や手続を定めてはいない。これはいかなる者を指名競争入札に参加させるのが相当であるかの判断を、契約担当者である地方公共団体の長の広範な裁量に委ねる趣旨であると解される。しかし、そのことは、契約担当者の恣意を許すものではなく、このように広範な行政上の裁量に委ねることが、諸種の事情を総合してより適切で妥当な契約の締結につながり、ひいては住民全体の経済的利益に資するものと期待されるからである。したがって、その趣旨に反し、例えば、契約担当者が自己又は特定の業者の利益を図り、又はこれに損害を加えること等不公正な目的をもって右の裁量権を行使するようなことは、その裁量権を逸脱し又は濫用するものであって、違法である。

特に、従来競争入札に参加してきた特定の業者を一定期間恒常的に入札指名から排除することは、当該業者の重大な利害に関わることであり、また公正な競争を形成する上でも影響するところが大きいから、恣意的な運用がなされないようにすることが特に求められる場面である。そこで、各自治体では、指名からの排除については指名停止措置に関する基準や手続を設けて公表するなどして、その公正さの担保に努めている。本件当時、控訴人においてはこの点について控訴人独自の要綱等を設けてはいなかったが、従来から高知県の定める要領に準ずることにして運用されていた。そして、高知県建設工事指名停止等措置要領(昭和六二年一月高知県告示第五〇号)、高知県建設工事指名停止等措置要領の取扱いについて(通知)(昭和六二年二月一日六一監第一四〇九号。乙一)がこの基準や手続等を詳細に定めている。右措置要領等の定める指名停止事由は別表で個々具体的に規定されているが、本件に関係することが考えられるものとしては、県発注工事の施工に当たり契約に違反し(3号関係)、または、業務等に関し不正又は不誠実な行為をし(8号関係)、工事の請負契約の相手方として不適当であると認められるときなどには、当該業者に対して所定の手続きを経て指名停止措置を執ることができるとの定めがある。しかし、その期間は原則として最長でも四月あるいは九月までとされている(乙一)。また、施行令自体も一定の非違行為を列記して、その事実があった後二年間競争入札に参加させないことができると定めている(一六七の四、一一)。このような定めは、継続的に特定の業者を入札参加者に指名しない措置を執り得る事由や期間等を具体的に定め、これにより、入札参加者の指名又は指名排除をする際の契約担当者の裁量権の範囲を制限したものということができる。したがって、このような事由に該当しない場合に、契約担当者が特定の業者をことさら入札参加者に指名せず、競争入札から継続的に排除する措置を執ることは、特段の事情のない限り、裁量権を逸脱又は濫用するものであるというべきである。

もっとも、法及び施行令並びに取扱要領によるこのような規制は、直接的には、地方公共団体のする契約締結に当たっての公正性、透明性及び適正な経済性を確保することを目的とするものである。しかし同時に、それは、指名競争入札に参加する請負業者の正当な経済的利益を法的に保護することにもつながっている。そして、指名競争入札から排除されるかどうかは、公共工事に依存する請負業者の死活的な経済的利益に直結する事柄であり、また、地方公共団体の契約担当者が行う入札参加者の指名は公の事業の執行にあたり、担当者に認められた裁量権の行使についても、前示のように法、施行令、条例及び措置要領等に規制がなされている。そうすると、地方公共団体の契約担当者がその裁量権を逸脱又は濫用し、指名競争入札に参加しようとする請負業者に損害を加えた場合には、国家賠償法一条にいう違法性が認められる場合があると解するべきである。すなわち、このような非権力的行政作用も広い意味での公権力の行使に属するのであって、これにより公務員が違法に他人に損害を加えたときは国家賠償法一条の適用があると解すべきである。したがって、その場合には、当該業者は同法に基づき、当該地方公共団体に対し損害賠償を求めることができると解される。

3  これを本件についてみると、控訴人は、本件指名競争入札を実施するに当たり、入札指名人名簿に登載され過去長年にわたり入札参加者に指名されてきた被控訴人を、平成二年七月七日から平成五年五月二二日までの約三年間の長期間にわたり継続して、後述の例外一回を除いてすべて指名から排除したものである(前示争いのない前提事実等)。本件指名排除は、形式上は指名停止措置を執ったという形は採られていないものの、個々の指名競争入札を施行するに当たり、個別的な事由に基づいて被控訴人を指名しなかったというものではなく、一定の意図、判断の下に被控訴人に対し、約三年間にわたり継続して実質的な指名停止措置を執ったものであることが明らかである。

そうすると、このような指名排除を行うにあたっては、控訴人がそれに準じてきた前示のような高知県の指名停止措置の基準などに照らしてその相当性が検討されなければならない。そして、右基準に該当するような事情がないのに、契約担当者の恣意的な判断によってこのような実質的な指名停止措置が執られた場合には、それは契約担当者に認められた裁量権を逸脱するものというべきである。また、仮に、被控訴人が主張するように本件指名排除が被控訴人が民事訴訟を提起したことに対する報復又は訴えを取り下げさせることなどを意図してなされたものであったとしたら、そのような目的ないし意図に基づいて裁量権を行使することが、裁判を受ける権利を保障した法秩序全体との関係において許されるか否かが、契約担当者に指名に関する裁量権が認められた趣旨に照らして、別に検討されなければならない。

4  以上に対し、控訴人は、次のように主張する。指名競争入札における入札参加者の指名は、私法上の契約についての契約の申込みの誘引に過ぎず、公権力の行使としての行政処分には当たらない。事業者には指名を受ける権利などは認められないし、指名選定を受けるべき法的に保護された利益もない。また、控訴人は過去に村内業者を優先的に指名する政策をとってきたが、指名を受けることについての村内業者の個別的な利益は、このような入札制度の政策的な運用によって生じた事実上の利益にとどまり、法的な保護を受けるべき権利ないし利益には該当しない。したがって、被控訴人を指名しなかったことが被控訴人との関係で違法になるものではない、と。

たしかに、指名競争入札に際しての参加者の指名や指名停止の措置をただちに行政処分とみるには問題があり、また、個々の入札について、参加希望者の側に自己に指名を受ける権利ないし法的地位があるとはいえない。しかし、前示のように法は地方公共団体の締結する契約(以下「公共契約」という。)の締結について一般競争入札を原則とした上で指名競争入札や随意契約に付しうる場合の要件を定めるとともに、指名競争入札について、あらかじめ、契約の種類及び金額に応じ工事等の実績、従業員の数、資本の額その他の経営の規模及び状況を要件とする参加の資格を定め、これを公示することを義務付けている(施行令一六七条の一一)。具体的な指名については、前示のように地方公共団体の長の広範な裁量に委ねられてはいるが、その目的は公益の実現にあり恣意を許すものではなく、多くの公共団体で、あらかじめ一定の基準や手続を定めて公開するなどして、指名の機会均等や公正の確保を図ってきていることは、もはや公知の事実である。また、各公共団体が指名停止措置の運用についての基準や手続を定めてその公正さの担保に努めていることも前示のとおりである。公共契約締結に参加する機会の均等や公正な競争は、自由主義経済の下で法的に保障されており、これから恣意的に排除されないことは法的に保護された利益にあたるというべきである。そうすると、これに対する侵害が違法になることは明らかであって、そのことと、公共工事の請負契約自体が私法契約であることとは矛盾するものではない。したがって、控訴人のこの点についての主張は採用できない。

5  そこで、次項以下で、以上のような見地から本件について順次検討することとする。

三  争点一及び紛争の経緯に関する事実の認定

1  控訴人は、本件指名排除の理由として、①被控訴人が本件体育館の引渡しを拒否し国からの補助金の受給が困難となる事態を生ぜしめたこと、②本件工事に関して内容的に明らかに不当な追加変更工事代金等を請求し、今後もかかる不当な請求がなされるおそれがあること、③本件請負契約に反し審査会における紛争解決手続をことさらに回避し、請負代金の支払を求める別件訴訟を提起し、維持に固執したことを主張する。そこで、本件では、これらが先の措置要領にいう契約の違反や業務等に関する不正又は不誠実な行為にあたり工事の請負契約の相手方として不適当であると認められるといえるか否かを検討することになるが、その前提として、まず、これらに関連する事実の経緯についてみることとする。

2  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 控訴人は、昭和六三年七月一日、訴外設計会社に本件体育館建設工事の設計・監理を委託した。訴外設計会社は、本件工事の総額を九五〇〇万円と積算した。控訴人は、同年八月一八日、被控訴人ほか七社(被控訴人以外は村外業者)を指名業者に選定し、同月二二日、現場説明が行われた。その際、最も問題になったのは、工事現場への進入路にあたる久保川に掛かる橋の補強と拡幅の件であった。すなわち、久保川に掛かる橋の幅員が狭く、長い基礎杭を積んだトラックや杭打ちの重機の通行のためには、かなりの費用をかけた大がかりな橋梁の拡幅補強工事が必要であるのに、これについて図面がなく、積算の資料もなかった。そこで、参加した指名業者からこの点の質問が出されたが、訴外設計会社の担当者の宮田技師が現場説明に間に合わず、工事内容の説明はされなかった。そのため、橋梁拡幅が積算から除外されているのであればとても工事はやれないとして、各指名業者も白けてしまい、入札の意欲を失うような雰囲気になった。ちなみに、控訴人側に渡されていた金額入りの工事明細書では、橋梁補強費としては、一三万五〇〇〇円が計上されているだけであり、それぐらいの仮設工事では間に合わないことは現場の状況に照らして明らかであった。そこで、現場説明に立ち会った控訴人の当時の津野村長は、橋の拡幅と補強にかかった費用は入減(設計価格あるいは予定価格と入札価格の差額)を吐き出してでも村で負担する旨を表明して、参加者に入札を依頼した。

(二) 四日後の同月二六日、十和村総合開発センターで入札が実施されたが、入札に先立ち、津野村長は、前示の設計価格九五〇〇万円から七〇万円を控除して、本件工事の予定価格を九四三〇万円と定めた。入札当日にも、被控訴人や他の指名業者から、主として橋梁の工法についての質問があり、入札に立ち会っていた訴外設計会社の宮田技師は、橋梁の工法については、後で落札業者と打ち合わせたい旨を答えたにとどまり、具体的な工事内容を明示しなかった。

入札には指名業者八社全員が応じたが、入札を三度実施しても右予定価格以下の価格で入札する者がなく、不落に終わった。そこでやむなく、控訴人は、最低入札者である被控訴人との間で随意契約締結の交渉を行った。被控訴人の最終入札価額は九四八〇万円であったが、不落後の随意契約にあたっては入札に付するに際して決めた予定価格その他の条件を変更することができないことから、控訴人は、被控訴人に対し、本件工事の予定価格が九四三〇万円であることを告げ、右予定価格をもって随意契約してくれるよう要請した。被控訴人は不落の後のことでもあり、橋梁拡幅、補強の点を厳しく指摘したが、控訴人側から不足分については迷惑はかけないように払うと言われて、本件請負契約を締結するに至った。

(三) その後、被控訴人は一〇一万五三〇四円をかけて橋梁拡幅補強工事を行った。これについて宮田技師は特に異議を述べていない。もっとも、右工事について事前の設計変更等の手続は取られていないが、実務上、軽微な事案(請負金額の二〇パーセント以内程度の変更)であれば、現場での口頭合意の下に工事を先行させることでスムースな工事の進行をはかることが多かった。その場合には、工事完成後、代金を受ける際に工事請負人から工事変更請書を村に提出し、村と協議することになる。

(四) 本件工事中、宮田技師からは被控訴人が後述の請求の内訳で主張するようなコンクリートの材質の変更や、一部の設計変更等の指示などがなされ、被控訴人は、これらに従って工事を行った。

(五) 本件工事の工期は、当初平成元年一月三一日までとされていたが、合意の上で同年三月二五日まで延長された。被控訴人は、同日までに本件工事を完成し、同日付けの工事完成通知書を控訴人に提出した。控訴人は、訴外設計会社に本件工事の検査を命じ、同月二七日に検査は合格した。被控訴人は、翌二八日、本件工事(本件体育館)を控訴人に引き渡し、訴外設計会社は、同日付けで本件工事の引渡しを受けた旨の書面に記名押印した。大道小学校の卒業式・修了式は平成元年三月二三日に、入学式・始業式も同年四月七日に、それぞれ本件体育館で特段の支障なく施行された。

(六) 被控訴人は、工事完成後、控訴人に対し、右橋梁拡幅補強工事費を含めて追加変更工事代金の支払を受けるため、引渡書等と共に内容を白紙にした(工事内容)変更のための請書等を被控訴人に提出した。これまでの控訴人からの公共工事においては、右の内容白紙の請書が提出された後で、発注者側で手元にある金額入りの工事明細書等と照らし合わせて変更分を積算し、請負人側と協議の上で追加変更金額を定める運びになるのが通例であった。

ところが、控訴人(村)では、同年一月二七日津野村長の任期が終了し、同年二月、安岡村長が新たに就任していた。安岡村長は、被控訴人から提出された変更のための請書の受取りを拒否させ、その後も、本件工事について請負代金額変更増額の交渉に応じなかった。

そのため、被控訴人は残工事代金の受取りを拒んでいたが、国からの補助金の支給を受けるための本件工事の残代金(工事代金九四三〇万円から既払額二八二九万円を控除した六六〇一万円)の支払期限が平成元年四月二一日に迫り、控訴人から残代金の受領が求められた。被控訴人代表者は高知県土木部の担当者に相談したところ、右工事残代金の支払を異議なく受けてしまえば「全部精算払い」扱いになり、右工事代金を承認したものとみなされて追加工事代金等の支払を受けられなくなるとの助言を得た。そこで、被控訴人は、控訴人との間で、本件紛争については同年五月末日を目処に解決を図り、その結果控訴人において支払義務があることが明らかになったときは、別途支払う旨の念書を作成し、右補助金受給のための支払期限である同年四月二一日に残代金の支払を受けた。

(七) その後、右念書の趣旨に従って協議が続けられ、同月二八日には被控訴人代表者、安岡村長等村関係者、訴外設計会社関係者出席の下でこの問題に関する協議会が開催された。さらに、同年五月八日、被控訴人代表者と安岡村長との間のトップ協議の場が設けられた。しかし、控訴人は、訴外設計会社に五〇万円を支払わせるとの案を提示しただけで、追加変更工事代金の支払には一切応じないとの姿勢を堅持し、折合いが付くには至らなかった。

(八) そこで、被控訴人代表者は、同年六月六日、審査会を訪問し、津野班長らに対し、本件請負契約に基づく追加工事代金等に関して控訴人とのトラブル(本件紛争)があり、話合いが決裂した旨を説明した。そして、同年八月二三日、審査会に対し、本件工事について建物工事紛争処理調停申請書を提出して調停を申し立てた(平成元年(調)第一号)。同申請書に記載された被控訴人の主張の要旨は、本件工事については、設計施工上不可欠であるものが設計図施工図に記載されていなかったり(橋梁補強費、杭キャップ、杭頭補強鉄筋等)、訴外設計会社の宮田技師の指示により同社作成の工事明細書に記載されているものよりも等級の上の材料を使用させられ(屋根工事及びコンクリート工事)、その他控訴人の指示による追加工事があり(金属・樋工事、内外装工事)、その不足額は合計六八〇万四八一一円に及ぶのでその支払を求める、というものであった。

これに対し、控訴人は、同年九月三〇日付けで被控訴人の主張を争う旨の答弁書を提出した。

第一回調停期日は、同年一一月二一日、高知県議会第四委員会室で行われた。同調停期日には、被控訴人側からは被控訴人代表者と代理人の田村弁護士、控訴人側からは代理人の田本弁護士がそれぞれ出頭して、調停手続が行われた。その過程で、審査会の調停がなされてもさらに村議会の承認が必要になることが問題となり、田村弁護士は田本弁護士にここで調停が成立しても議会を拘束しないのであれば裁判をするしかないのではないかとの趣旨の話をした。これに対し、田本弁護士が相槌を打つような態度を取ったことから、田村弁護士は、田本弁護士が民事訴訟を提起することについて同意してくれたものと考えた。また、調停の過程で、被控訴人に対して調停委員から、今更文句を言うのであれば入札しなければいいというような強い調子の非難がなされ、被控訴人は調停手続に対する信頼を失った。その後、次回期日が決められないままに調停期日は終了し、被控訴人は、同日右調停申立てを取り下げた。

(九) そして、被控訴人は、平成二年四月四日、右追加工事代金等の支払を求める別件訴訟を提起した。別件訴訟における被控訴人の請求金額は六四五万五五九八円であるが、その内訳は、右調停申立ての際のものとほぼ同一で、詳細は次のとおりである。

(1) 橋梁拡幅、補強工事費 一〇一万五三〇四円

本件工事を施工するに際しては、進入路となる橋梁の拡幅・補強をする必要があったが、現場説明の際に、津野村長からこれについては別途追加工事代金を支払う旨の説明がされた。随意契約締結の際にも同旨の契約が締結された。また、橋梁拡幅、補強工事は、設計施工上不可欠な工事であるのに工事代金額計算の基礎となった設計図書にその記載がなかったため追加工事をせざるを得なかったものであり、本件請負契約書一七ないし一八条に基づき追加工事代金を請求し得る場合に該当する。

(2) コンクリート工事 二八一万七六一〇円

①コンクリートの単価

本件工事においては、製造後打設までの間の時間的制約から高知市ではなく中村市近隣のコンクリートを使用しなければならないところ、控訴人側の作成した金額入り工事明細書記載のコンクリート単価は、これよりも約二〇パーセントも安価な高知市の単価によっていることが明らかであり、不当に安く見積もられている。

② コンクリートの材質変更

金額入り工事明細書及び特記仕様書によれば、本件工事で使用する鉄筋コンクリートの強度は、FC210kg/cm2とされていたところが、被控訴人は、本件工事施工中に、宮田技師からコンクリート強度をアップするよう指示され、その結果、FC210kg/cm2からFC240kg/cm2にグレードアップし、価格が上昇した。

③ コンクリート打設手間

金額入り工事明細書記載のコンクリートには打設手間賃が算入されておらず、不当に廉価で積算されている。

(3) 屋根工事 二二三万五六〇〇円

金額入り工事明細書には、屋根の材質が「木毛マグネシウム板」と記載されていたが、宮田技師の指示によりこれを単価の高い「耐火野地板」に変更し、その結果、右差額二二三万五六〇〇円の追加工事費が生じた。これは、控訴人の負担すべき追加工事費用である。

(4) 内外装工事 九三万〇九五七円

① 内外装工事の不足材料費

控訴人側は、設計段階で内外装工事に使用する壁合板張及び壁羽目ロングの必要数量を過小に見積もっている。

② 内外装費の工賃

壁合板張及び壁羽目ロングについては、工賃が見積額に積算されていない。

(5) 設計変更に伴う追加工事 四五万五三八一円

控訴人(宮田技師)の指示により、①便所を水洗式からくみ取り式に設計変更し、②同時にスロープの追加施工がされたことにより、右金額の追加工事代金が発生した。

別件訴訟の第一回口頭弁論期日で、控訴人は、これに異議なく応訴した。その後も、控訴人側から審査会への調停・仲裁の申立てがなされたことはなかった。

(一〇) 安岡村長は、別件訴訟の提起の前後を通じて、十和村議会議員等を介するなどして被控訴人代表者に対し、民事訴訟の提起を断念するよう、又はこれを取り下げるよう働きかけたが、被控訴人代表者はこれを拒否した。安岡村長は、その際に、訴えを提起すれば指名は困難であると警告している。また、平成二年六月二一日に開催された議員協議会において、被控訴人があくまでも別件訴訟を維持する以上は、被控訴人を指名できないとの見解を示した。その際、安岡村長は、自分の家の建築を頼んだ大工さんに訴えられて、またその大工さんに建築を依頼する人はいないという趣旨のことを述べた。同協議会に出席していた十和村議会議員からは、入札参加業者の指名は村長の裁量に属する事項であるとの意見が出され、被控訴人を指名しないことについて当時は特段の異論はなかった。

(一一) 平成二年七月七日、平成二年度に入って初めての指名競争入札が行われたが、控訴人は被控訴人を入札参加者に指名しなかった。安岡村長は、当日の入札参加者に対し、被控訴人を指名しなかったのは、本件条項で定める審査会の紛争解決手続によることなく別件訴訟を提訴したからである旨を説明した。

また、被控訴人は、平成二年一〇月ころ、安岡村長に対し、本件指名排除の法的根拠を問い合わせたところ、同村長は、同月六日付け「競争入札の指名について」と題する書面をもって「貴殿より問合せのあった上記のことについては、規則も含め法的な理由によるものではありません。」との回答をした。

(一二) その後、控訴人は、本件指名排除を続けていたが、平成三年四月、安岡村長は、当時の窪川土木事務所長から、被控訴人を説得して別件訴訟を取り下げさせるので入札参加者に指名してほしいと頼まれた。そこで、控訴人は、同月一九日に行われた公共工事一五件の指名競争入札について被控訴人を入札参加者に指名した。しかし、被控訴人が依然として別件訴訟を取り下げなかったため、次回以後再び指名から排除した。

しかし、その後、土木建設業界や村議会で、村内有力業者である被控訴人に対し長期間にわたって指名排除を続けていることについての批判が高まってきた。安岡村長もこれに抗しきれず、本件指名排除を撤回し、平成五年七月二一日から指名を再開し、以後、従来どおりの指名がなされている。

(一三) 高知地方裁判所は、平成九年三月二八日、別件訴訟について、控訴人に対し追加工事代金請求等として(九)(1)、(2)の一部、(4)の一部、(5)の合計二九〇万一二八二円の支払を命ずる旨の被控訴人一部勝訴判決を言い渡した。控訴人から当裁判所に控訴がなされたが、当裁判所も審理の結果、被控訴人の請求のうち前示の橋梁拡幅補強工事費((九)(1))の一部とコンクリートの材質変更の指示による費用の増加額(同(2)の一部)の合計として、一〇六万二六九六円の支払を命じている。ただし、残額については、証拠がないことや追加変更による増額とは認められないとして、請求を棄却した。

(一四) なお、被控訴人は、昭和三五年以来控訴人から指名を受けて入札に参加し、控訴人の発注する公共土木工事を継続して請け負い、その実績によりA級にランク付けされていた村内の有力業者である。そして、後記のように、過去には控訴人の発注する公共工事の約四割前後を受注し施工していたが、本件紛争を除いては、控訴人との間でこれまで紛争を生じたことはなかった。また、高知県からも土木工事についてA級の資格を認定され、県下でも中堅の優良土木業者と目されて、各種の表彰も受けてきている。これまで、控訴人から被控訴人の施工能力等が問題にされたことはなく、本件の大道小学校の建設工事も同様であり、完工後に感謝状の授与までなされている。したがって、被控訴人の公共工事の施工能力は十分であり、その点は本件指名排除の理由ではない。

四  本件指名排除の違法性についての検討

1  以上の事実をもとに、まず、控訴人の主張する本件指名排除の理由について順次検討する。

(一) まず、控訴人は、被控訴人が本件体育館の引渡しを不当に拒否したなどと主張する。しかし、前示のとおり、被控訴人は平成元年三月二八日にはこれを控訴人に引き渡したことが明らかである。そして、控訴人のいう念書は、被控訴人が本件工事を引き渡すのと引き換えに控訴人に作成させたものではなく、単に被控訴人が控訴人から本件工事の残代金の支払を受けるに際し、控訴人に対する追加工事代金等の支払請求権を留保する目的で作成させたものである。そうすると、被控訴人が本件工事の引渡しを拒んだことなどを前提として、これをもって、被控訴人が自らの行為が控訴人に与える財政的損失を一顧だにしない行動に終始したとして被控訴人の指名競争入札の入札参加者としての適格性に疑義を持つに至ったという控訴人の主張は、事実に反し、明らかにその前提を欠くものといわざるを得ない。

そもそも、《証拠省略》によれば、被控訴人は、別件訴訟の訴状で、本件工事は平成元年三月二五日ころに完成し、同月二七日完成検査を受けた上即日控訴人に引き渡した旨主張したのに対し、控訴人は答弁書で右主張事実を認めると陳述していたことが明らかである。また、控訴人は、本件訴訟の原審では、本件工事の引渡拒否を本件指名排除の理由として主張していない。したがって、控訴人がこの理由によって本件指名排除に及んだものとは認められず、後で正当化のために言いだしたことにすぎない(安岡村長自身、この理由は本件指名排除の直接の原因ではないと証言している〔当審〕。)。

(二) 次に、控訴人は被控訴人が不当な追加工事代金等の請求をしたと主張する。

たしかに、前示のとおり被控訴人が追加工事代金等として請求する金額の中には、いったん定額請負契約を締結しておきながら、後に、発注者側の工事明細書の積算の不合理を言い立てて増額を求める部分がある。これらは、競争入札の入札金額や随意契約の請負金額などが、本来は、請負人が自らの責任で設計図面に基づいて積算し採算を検討した上で決定するものであることを自覚しないものといわざるを得ない。そして、入札参加者が安易に発注者側の積算や予定価格に依存し、不都合があれば後でその補てんを発注者側に期待するなどということは、結局は、公正な競争の形成を妨げるものであり不当である。しかし、前示認定のところによると、控訴人の側でも従前はある程度これに応じてきたことが窺われなくもないのであって、被控訴人が本件工事完了後、それまでどおり内容白紙の(変更工事)請書を提出してきたことを責める資格が控訴人側にあるかは疑わしい。被控訴人は内容白紙の変更請書の提出によって控訴人と追加金額の協議を求めるとともに、控訴人側の最終決定には従う姿勢を示しているのである。そして、前示認定のとおり現実に設計変更部分や変更指示の事実があったのであるから、控訴人としてはその事実関係を調査して合理的な金額について協議すべきである。村長の交代によっていきなり白紙の変更請書の受領自体を拒否し、協議に応じないことに正当性があるとはいえない。

しかも、前示認定の事実によると、橋梁の拡幅、補強工事費用については、工事変更分として必要額を加算する合意があったことが明らかである。現実に一〇〇万円以上をかけて拡幅補強工事がなされており、かつ本件請負契約締結の経緯は複数の関係者の知るところであり、当然、後任者にも伝えられたはずである。これに反する控訴人代表者安岡宏高の供述や乙五号証(芝儀市助役作成の陳述書)は採用できない。そうすると、必要額加算の合意の性質や法的な効力について全く疑義がないとはいえないとしても、少なくとも、これに基づいて橋梁の拡幅、補強工事費用を請求する被控訴人の請求が、控訴人のいうように不当な追加工事代金等の請求でないことは明らかである。

さらに、コンクリートの材質変更の指示や、屋根工事材料の変更とスロープ等の設計変更の事実は、工事記録からも客観的に明らかであったはずであり、これらについても双方の言い分を調整する必要があったというべきである。ちなみに、本件請負契約書には、工事の施工が設計図書に適合せず、監督職員がその改造を請求してこれに従った場合などには注文者は請負代金を変更し、又は必要な費用等を負担しなければならないとの趣旨の約定も設けられている。

このようにみてくると、被控訴人の本件追加工事代金の請求それ自体が直ちに不当なものとはいえないことが明らかである(現に、その請求の一部は第一審並びに当裁判所の審理の結果、認容されている。)。まして、そのことから、控訴人が当審でいうように、被控訴人と契約をするときは同様な不当請求がなされることを常に危惧しなければならないとか、その内容に照らして公共工事の契約の相手方としての不適格性を示すものなどとはいえない。控訴人のそのような主張は不合理であり、控訴人が真実そのように信じて、そのような危惧などを理由として本件指名排除を行ったとすることには疑問がある。

もっとも、控訴人の主観はともかく、被控訴人の請求金額の中には前示のとおり請負契約者として不当なものが含まれている(金額的にはむしろそちらが大きい。)のであるから、控訴人において、そのことを業務に関する不誠実な行為等と評価して、請負契約の相手方として不適当である(前示の高知県の措置要領別表8号)と判断することが、契約担当者の有する指名に関する裁量権に照らして、全く許されないともいえない。しかし、その場合でもこれに対して被控訴人が請求を撤回するまでといった無期限の指名停止措置を課することは、右措置要領の基準に照らしても明らかにその裁量を逸脱するものである。本件では本件指名排除は約三年の長期に及んでおり、裁量の逸脱は明白である。

(三) 最後に、控訴人は、被控訴人が審査会における紛争解決手続を不当に回避し、別件訴訟を提起したことが本件請負契約の違反にあたると主張し、これを入札参加者の指名にあたり当然参酌し得ると主張する。

本件請負契約書の四九条二項には「この契約において、甲乙協議を要するものについて協議がととのわない場合には、甲及び乙は、高知県建設工事紛争審査会のあっせん、調停又は仲裁により解決を図るものとする。」との本件条項がある。

控訴人は、まず、右条項は審査会による仲裁契約を定めたものであると主張する。しかし、これが仲裁契約自体に当たらないことは、仲裁をあっせん、調停と並べて記載していることからして、文言上も明白で疑問の余地はない。また、右四九条二項は、同条一項に「この契約に関する疑義及びこの契約に定めのない事項については、必要に応じて甲乙協議の上定めるものとする。」とあるのに続く条項であり、しかも、その四九条全体の表題は「疑義の決定等」とされている。そして、この四九条に続いて五〇条は、「裁判管轄」との表題の下で「この裁判に関する訴訟は、高知地方裁判所に提起するものとする。」と定めている。そうすると、前示の四九条二項が、本件工事に関する控訴人と被控訴人との間の紛争をもっぱら審査会のあっせん、調停、仲裁の手続によって解決することを定め、それ以外の紛争解決方法等を排除する趣旨を定めているとは到底いえない。むしろ、四九条は、契約に関する疑義の解消と協議成立への手段として審査会の手続を利用することを定めたにすぎず、民事訴訟による本来的な紛争解決方法を制限する趣旨までを含むものではない。

このことは、本件紛争の後になって控訴人側が新たに定めた工事契約書の該当条項と本件条項とを対照すると、一層明らかである。すなわち、新しい契約書では、先の四九条は全体の表題を「疑義の決定等」から「紛争の解決」と改め、「この約款の各条項において甲乙協議して定めるものにつき協議がととのわない場合その他この契約に関して甲乙間に紛争を生じた場合には、甲及び乙は、建設業法による高知県建築工事紛争審査会のあっせん又は調停によりその解決を図る。」とされている。そして、五〇条は「甲及び乙は、その一方又は双方が前条の審査会のあっせん又は調停により紛争を解決する見込みがないと認めたときは、前条の規定にかかわらず、審査会の仲裁に付し、その仲裁判断に服する。」と定め、裁判管轄の条項は削除されている。この新しい契約書によれば、この契約に関して生じた紛争はすべて審査会の場であっせん、調停、仲裁等の手続で解決しようという趣旨が明らかであり、仲裁契約の成立も認められる。しかし、本件工事請負契約の内容は、前示のように明らかにこれとは異なっている。控訴人は、被控訴人が審査会における紛争解決手段を不当に回避して別件訴訟を提起したとして、その点をるる強調するが、後に定められた新しい契約書の立場との混同があり採用できない。なお、安岡村長自身は、議事録やその証人尋問の結果などによるとこの点を議会等に対する説明のために意図的に強調していることがうかがわれる。ともかく、本件請負契約書によって被控訴人が審査会を通じての紛争解決手続を法的に義務づけられていたとは解されない。

そのうえ、被控訴人は、前認定のとおり、いったんは審査会に調停申立てをしている。もっとも、被控訴人は、第一回調停期日直後に右申立てを取り下げ、その約四か月後に別件訴訟を提起しているが、これは、田村弁護士が訴え提起について田本弁護士の同意を得たものと判断したこと及び被控訴人が審査会への信頼を失ったことによる。前示認定の事実経過によると、これを非難することはできない。かえって、控訴人(安岡村長)自身が本件紛争を審査会における調停手続等を活用して早期に誠実に解決を図ろうと真実考えていたのかについては、本件証拠上少なからず疑問がある。

したがって、控訴人の前示の主張は、その前提を欠くから採用できず、これが、真実、本件指名排除の理由であったかどうかも疑われる。

2  かえって、以上のような検討の結果や前示認定の事実経過、本件指名排除が別件訴訟提起直後のその年の最初の入札から始まっていることや別件訴訟前後における安岡村長の言動等を総合考慮すると、本件指名排除の理由は、端的に、被控訴人が事前の警告などにも関わらず控訴人を被告として別件訴訟を提起したことそれ自体にあることが明らかである。そして、別件訴訟提起前後に安岡村長自ら又は十和村議会議員等を通じて行われた被控訴人に対する警告や働きかけは、指名排除という重大な不利益を課することを示すことによって被控訴人に別件訴訟を断念させ、又はこれを取り下げさせることを直接に目的としていたものというべきである。現に、安岡村長は、原審及び当審の尋問で、被控訴人が別件訴訟を取り下げさえすれば、本件指名排除を即刻解除し、従来どおり入札参加者に指名していた旨を繰り返し明言している。そして、安岡村長は、平成三年四月には訴えを取り下げさせるとの、当時の窪川土木事務所長からの申出に応じて、一旦は指名排除を中止して被控訴人を入札に参加させ様子を見ることまでしている。しかし、被控訴人がなお訴えを取り下げないことから、再度指名排除を再開し、以後、村議会や業界などの圧力により指名排除の継続が困難になって中止するまで、これを継続している。

3  以上のような検討に照らすと、本件の結論はもはや明らかである。すなわち、

(一) 控訴人は、本件指名排除の正当な理由として三点をあげるが、本件体育館の引渡拒否などの事実は認められないし、被控訴人の追加工事代金の請求も請求自体が不当なものとはいえない。審査会の仲裁等に付さないことが契約違反にあたるともいえない。これらによって、被控訴人が公共契約の相手方として不適格であると判断することは到底できないし、控訴人自身そのように信じて本件指名排除を行ったということ自体が疑わしい。したがって、入札参加者の指名について認められる契約担当者としての裁量権の範囲、その前提としての事実認定や価値判断について許されるべき一定の幅を論ずるまでもなく、控訴人の前示の主張は採用できない。

(二) また、本件指名排除は事実上の指名停止措置にあたるから、その当否は控訴人自身が準じている前示の高知県の措置要領などに照らして判断されるべきであるが、被控訴人について指名停止措置に該当する事実は認められない。しかも、本件指名排除の期間は約三年にも及んでおり、右措置要領の定める停止期間に比べて異常に長期であり、施行令所定の最長期間をも超えている。このことからしても、本件指名排除が控訴人の裁量権を逸脱していることは明らかである。

(三) さらに、本件指名排除は、控訴人からの公共工事に依存し大きな受注実績を有する事業者に対し、公共工事の競争入札からの排除という死活的な不利益を課することを手段として、別件訴訟を断念させ、又はこれを取り下げさせることを直接の目的としてなされている。法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求め得ることは、法治国家の根幹にかかわる事柄であり、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならない。地方公共団体から公共工事を請け負った請負業者が右地方公共団体に対して請負契約に基づく追加工事代金等を請求する訴えを提起することについても同様である。そのような訴えを提起したこと、あるいはそれを維持していることを理由に、指名停止の措置を執ることは許されない。もっとも、その訴えが事実的、法律的根拠を欠き裁判制度の趣旨目的に照らして相当性を欠くと認められるようなときは、そのような訴えを提起すること自体が、公共契約の相手方として相応しくないことの徴表として評価されることはあり得ないことではない。しかし、被控訴人の提起した別件訴訟がそのようなものでないことは前示認定に照らして明らかであり、これを指名停止事由とすることは許されない。

そうすると、右のような目的で競争入札の参加者指名の権限を行使することは、まさに、指名について認められた裁量権を濫用するものであって、違法である。

4  まとめ

以上のとおりであり、本件指名排除は、安岡村長が控訴人の契約担当者として有する指名競争入札の入札参加者の指名に関する裁量権の行使を逸脱又は濫用した違法な公権力の行使であるというべきである。したがって、被控訴人は、国家賠償法一条に基づき、控訴人に対し、これによって被った損害の賠償を求めることができる。

五  争点二(損害の有無及び額)について

1  約三年間に及ぶ本件指名排除に係る本件公共工事は、件数にして四〇八件で、その工事代金総額は、二五億四七六〇万四七三〇円である(前記第三の四のとおり争いがない。)。

2  被控訴人は、十和村入札指名人名簿に登載され、A級にランク付けされている控訴人の有力な指名業者であり、かつ、十和村の地元七業者のうちA級にランクされている業者は、当時、被控訴人を含む二業者だけであった(前記第三の一のとおり争いがない。)。

また、控訴人においては、控訴人発注の公共工事について指名競争入札の方式を採用し、その指名に当たっては、村内業者を優先的に入札参加者に指名してきた(当事者間に争いがない)。

そのためもあり、本件指名排除がなされる直前の三年間に控訴人が発注した公共工事の総額は一八億五千余万円であるところ、被控訴人はその内の約四八パーセントに当たる合計八億九千余万円分の工事を落札し受注してきた。年度毎にみても、最も少ない平成元年でもその割合は四二パーセントを上回っている。

さらに、本件指名排除が年度途中から撤回された平成五年度の被控訴人の控訴人からの公共工事の受注は二〇件で一億〇九七八万余円、平成六年度のそれは三〇件で一億二九二六万余円である。(なお、この時は本件指名排除により工事実績が下がり、被控訴人はB級に格下げされていた。)。

そうすると、被控訴人が主張するとおり、本件指名排除がなければ、被控訴人は、本件公共工事のうち少なくとも七分の一を落札し得たものと優に推認することができ、この推認を覆すに足りる証拠はない。

控訴人は、被控訴人が本件公共工事の発注合計額の七分の一に相当する工事を落札受注し得たとする合理的根拠はないと主張する。しかし、右のとおり、十和村内の地元七業者のうち、A級にランク付けされているのは被控訴人のほか一業者しかなく、また、控訴人が村内業者を優先的に入札参加者に指名してきたことや、被控訴人の本件指名排除前後の受注実績などに照らせば、被控訴人が右発注額の少なくとも七分の一を落札し得たというのは、むしろ極めて控えめな主張であるというべきである。

したがって、被控訴人は、本件指名排除がなければ本件公共工事の工事代金総額二五億四七六〇万四七三〇円のうち少なくともその七分の一にあたる三億六三九四万三五三二円に相当する工事を受注することができたと認めることができる。この認定を左右するに足りる証拠はない。

3  控訴人は、被控訴人が控訴人以外の発注主体から自由に工事を受注し得る立場にあって、控訴人発注の公共工事について指名を受けられないときは、国、高知県、民間企業等他の工事発注主体からの受注額を増加させることが可能であったことを根拠に、本件指名排除と被控訴人主張の損害の発生との間に因果関係はない旨主張する。

しかし、他の受注先からの受注可能性によって、前項で認定したような本件指名排除とそれによる受注機会の喪失及び損害との間の因果関係が否定されるいわれはない。また、本件指名排除の期間中、被控訴人が本件指名排除によって生じた受注余力によって実際に他の発注先からの工事をどの程度受注したのかは証拠上明らかでない。かえって、《証拠省略》によれば、被控訴人の売上高は、昭和六二年から平成元年までは、それぞれ四億五五二五万円、三億九八一〇万円、五億四三〇九万円であったのに対し、本件指名排除が始まった平成二年から同四年までは、それぞれ三億七一一四万円、一億八六七七万円、二億七〇五七万円であり、売上高が顕著に減少していることが認められる。そして、売上高が右のとおり減少した原因が、本件指名排除以外にあることを窺わせるような事情は証拠上認められない。したがって、本件指名排除と被控訴人主張の損害の発生との間に因果関係があることは明らかである。控訴人の前示の主張は採用できない。

4  そこで、被控訴人が本件指名排除により喪失した得べかりし利益の額について検討する。

被控訴人は、本件指名排除がなければ受注し得た前示の三億六三九四万円(一万円未満切り捨て)に、右本件指名排除を受ける直前の昭和六二年、同六三年、平成元年において、控訴人から受注し完成した土木工事のみを対象とした各期の利益率(売上総利益の売上高に対する割合)の平均利益率一四パーセントを乗じた金額をもって、得べかりし利益の額であると主張する。

たしかに、《証拠省略》によると、被控訴人の本件指名排除前三年間の公共工事についての利益率は、被控訴人の主張(第四の二【被控訴人の主張】2(一)、(二))のとおりであることが認められる。これによれば、被控訴人の右三年間の平均利益率は、控訴人から受注し完成した土木工事については約一四パーセント、全公共工事については約一三パーセントである。しかし、各年度毎に見れば利益率にはかなり変動があり、経済情勢などにも左右されるものであると考えられる。そして、本件指名排除がなされた時期が景気の激変期にあったことや挙証責任の所在などをも考え合わせると、この間の得べかりし利益はより控えめに算出するのが相当である。そうすると、本件では右三年間の利益率のうち最も低い数値(昭和六二年度の一〇・八八パーセント)をもって利益率とするのが相当である。

したがって、控訴人が本件指名排除により喪失した得べかりし利益の額は、三九六〇万円とみるのが相当である。

363,940,000(円)×0.1088≒39,600,000円

5  次に、被控訴人は、本件指名排除によって、施工する工事がなくなったため、やむを得ず従業員を自宅待機させ、その間、従業員に対し休業手当として一四五万九八四八円を支出し、同額の損害を被った旨主張する(附帯控訴は、原判決でこの損害が認められなかったことに対するものである。)。

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 本件指名排除によって被控訴人は、平成二年八月分以降施工の控訴人からの土木工事の受注ができなかった。

(二) 被控訴人はそれまで控訴人から継続的に公共工事を受注し、それを前提に従業員を雇用していた。しかし、八月分以降の工事の受注が突然途絶えたため、他からの工事や既受注の工事に従事させた分を除いて、被控訴人は従業員を自宅待機させざるを得なかった。その人数は、平成二年八月が七名で延べ一一一日、同年九月が五名で延べ二八日、同年一一月が二二名で延べ一五二日であった。

(三) 自宅待機させた従業員に対しては、待機日について日給の六〇パーセントに当たる休業補償を支払わざるを得ない。そこで、被控訴人は、八月分六四万九八四九円、九月分一九万四八九八円、一一月分六一万五一〇一円の休業補償金の支払を余儀なくされ、これを支払った。これらの合計は一四五万九八四八円になる。

以上の事実によると、被控訴人の支払った右一四五万九八四八円は、その期間等に照らしても本件指名排除による突然の受注喪失と相当因果関係にある損害とみるのが相当である。

6  以上、4と5の損害の合計額は、四一〇五万九八四八円になる。

六  結論

以上のとおり、被控訴人の控訴人に対する請求は、国家賠償法一条に基づき、四一〇五万九八四八円及びこれに対する損害発生の後である平成五年九月一一日(原判決の認定した附帯請求の起算日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。よって、本件控訴及び附帯控訴に基づき、これと異なる原判決を右判断のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 田中俊次 朝日貴浩)

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